エンストとフェラーリと通行人

エンストとフェラーリと通行人

信号待ちで突如止まったエンジン

その朝は、空気がひんやりと澄んでいて、短い距離を軽く流すにはちょうどよい気候でした。近所のパン屋まで、久しぶりにフェラーリで出かけることにしたのです。
走り出しはスムーズで、エンジン音にも違和感はなく、少し低めの気温さえ気持ちよく感じられました。ですが、市街地を抜ける手前の信号で停車した瞬間、車内の空気が変わりました。
エンジン音が突然消え、メーターの針が不規則に揺れ始めます。一瞬で「これはエンストだ」と察しました。すぐにハザードを点灯し、周囲に異変を伝えます。
後方には軽自動車が一台。交通量は少なくありません。スターターを回しても反応が薄く、セルモーターの音も力なく途切れがちでした。思った以上にバッテリーが弱っているようです。
運転席に座ったまま、静かに深呼吸をしながら、もう一度キーを回しました。ですがエンジンは沈黙を保ったまま。焦りがじわりと額に滲んできます。

注がれる視線と、かけられた言葉

スターターを3度目に試したあたりで、歩道を歩いていた年配の男性が足を止めました。こちらの様子をしばらく見つめた後、ゆっくりと近づいてきます。
「フェラーリでも止まることがあるんですね」
その言葉は思いのほか穏やかで、責めるような調子はまったくありません。むしろ、驚きと少しの親しみを含んだような声でした。
「おそらくバッテリーの問題かと」と伝えると、「やっぱり繊細なんですね」と返され、軽く会釈してそのまま立ち去っていきました。
その言葉に、気持ちの余裕を少し取り戻せたように感じました。見られることには慣れているつもりでも、声をかけられると状況は変わるものです。
間を置いて再度キーを回すと、ようやくエンジンが始動。アイドリングが安定し、回転数も落ち着いてきました。ほんの数分の出来事でしたが、体感ではずいぶん長い時間が経ったように思えます。

トラブルから得られた視点

自宅に戻ったあと、すぐに行きつけの整備工場に車を持ち込みました。診断の結果、やはりバッテリーの電圧が下がっており、気温や使用頻度が影響していたようです。
フェラーリのような高性能な車両は、定期的な点検と管理が不可欠です。走行性能の高さゆえに、電装系の状態にも敏感であることを再認識しました。
とくに季節の変わり目は、コンディションが崩れやすく、バッテリーにかかる負担も見過ごせません。今回のような事例は、決して珍しいことではないとの説明を受けました。
一方で、通行人の男性からの言葉は強く印象に残っています。非日常的な車であっても、予期せぬトラブルに遭遇するのは誰にとっても起こりうることであり、その際にどのような反応があるかで、心持ちも変わるものです。
注目を集めやすいフェラーリだからこそ、思いがけないやり取りが生まれる場面があります。エンストは歓迎されるものではありませんが、今回のような体験は、車との関係性をあらためて見つめ直すきっかけとなりました。
この先も、トラブルをゼロにすることは難しいでしょう。それでも、ひとつひとつの出来事から学び、備えることで、フェラーリとの時間をより豊かなものにしていきたいと感じています。